|
貴族文化はこの時期に武士や庶民とその背後の文化を取り入れる。寺院に所属しない布教者により、浄土教の思想は全国に広がる。そして藤原氏のたてた平泉の中尊寺金色堂や、陸奥の白水阿弥陀堂、九州豊後の富貴寺大堂など、地方の豪族によって作られた秀作が各地の存在している。軍記においては将門記や前九年の役を描いた陸奥話記など書かれ、文学を見る限り地方の動きや武士に対しての関心が高かったと示される。絵画においては大和絵の手法が絵と詞書をおりまぜながら時間の進行を表す源氏物語や信貴山縁起絵巻など描かれ、庶民の生活も描かれている。装飾経においては平氏一門が厳島神社に奉納した平家納経や紺紙金銀泥一切経などもある。日本陶磁史において12世紀は、一大変動の起こった時代であり、尾張国の猿投窯が購買層を支配者から庶民へと変え、山茶碗の生産を始めた。そして全国各地でさまざまな陶磁器が生まれ、中世陶器の時代が始まった。
|