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院宣とは奉書で発給する院庁下文よりも私的な形式の文書であり、上皇からの指示されたた院司が作成する。『法曹至要抄』によると、養老律詐偽律の解釈を巡る明法家の今までの例から出た説として「太上天皇宣」の偽造は詔書と同じの罪になる説を挙げており以前かた知られていた可能性があるが、院宣に関する記録の初見は延長7年の宇多上皇が伊勢神宮に宣旨を受け神宮側が指示を神郡に向けて発した延長七年大神宮勘注である。院宣の重要度は、天皇の宣旨と同等、またはそれ以上とされていた。後期入り院政が始まると、治天の君は、院宣や院庁下文を発給することで、自分の政治に対する意思を示し形にしていった。院庁下文が、詔勅や太政官符などの政府として同等の効力が認められていた最終決定意思を表示する文書に対し、院宣は形式の面でも効力の面でも、簡易なものとして発給されていた。政府の重要事項については院庁下文で対応し、より即効的または柔軟な対応が必要なときは院宣を発給していたとされる。
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