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軍記物語より、武士たちは合戦の際に祖先の系譜を名乗る。この系譜には武士自身の観念が強く反映されている。陽成出自説の立場に立った研究において、武門源氏の系譜は、彼ら自身の意図により陽成天皇から清和天皇へとつなぎ替へられたとされる。即ち、星野恒によると、平氏が武天皇の後裔であるのに対し、源頼朝の祖である陽成天皇が、頼朝自身の心情にとって不景気であるが故に、頼朝が自身の系譜を陽成天皇の父である清和天皇に結び付けたとする。また竹内理三氏は、星野恒の説に賛同しつつも、逆に陽成天皇の暴君としての強い力は兵の祖としてふさわしいと頼信は考えたのでないかと述べている。どちらの場合も、武門源氏と陽成天皇との関係は、天皇の個人的属性に帰せられている。諸先学が武門源氏の祖としての清和天皇や陽成天皇は源頼信・源頼朝の意思によって選択される対象だったとされる。しかし、同時代的にみれば、親王・諸王・源氏にとつて、彼らが何天皇の後裔であるかということは、決して観念上の問題だけには留まらなかった。
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