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胆沢城は、平安時代802年、坂上田村麻呂によって造られた城柵です。10世紀の後半ごろまでの150年間ほど鎮守府でした。国の指定史跡は、平安時代はじめの802年、坂上田村麻呂によってこの胆沢の地(現在の水沢市佐倉河)に造られた古代城柵です。808年には鎮守府が国府多賀城から移され、鎮守府胆沢城が成立します。10世紀の後半ごろまでの150年間ほど機能していたようです。高さ約4m、一辺675mの築地といわれる土で固めた塀とその内と外に掘られた幅3m~5m 、深さ約1mの溝で方形に囲まれていました。全体の面積はおよそ46万㎡(球場が9つ入る大きさ)あります。中はは中央南寄りに高い塀で区画された政庁域、そのわきに官衙や厨などが広がっていました。正門である外郭南門から政庁に向かう北への大路上には政庁前門と政庁南門の2つの門があり、これらの門を通らなければ政庁正殿へは行くことができませんでした。特に政庁前門は東北の古代城柵では見られない、特有の施設で1922に国の指定史跡となりました。
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